ブックレット『中央本線419列車』の刊行にあたって(2018年8月)

 


 このたび、いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会では念願でした中央本線419列車空襲の悲劇について、揺籃社ブックレット11『中央本線419列車』として刊行することができました。

 

 本会は1948年8月の結成以来、毎8月5日にこの空襲の犠牲者への慰霊の集いを開催、今年で35回を迎えました。この間、「戦災死者供養塔」を現在地に移し(1986年)、東京八王子南ロータリークラブのお力添えにより「供養の碑」を建立(1982年)しました。

 

 最近では旧甲州街道脇に入口の碑を建立(2017年)、説明板(案内板)をやはり東京八王子南ロータリークラブのお力添えで入口の碑に脇に建立(2018年)するなどしてきており、碑・モニュメントの設置はひとつの区切りがつきました。

 

 一方、戦後73年がたち、空襲の体験者からその体験を直接伺うことが難しくなり、慰霊の集いでもこの空襲の惨禍を乗客・遺族として証言される方が少なくなりました。そこで本会ではこれを本という形で残し伝えたいと考え、この2年間編集をすすめてきました。

 出典は記しませんでしたが、内容は体験記に書かれたり、私たちに語ってくれたりした“事実”です。P51の飛来状況、419列車の運行状況などは日記や日米の公的史料に基づいています。

 乗客の一人だった森正蔵毎日新聞記者の日記によりこの空襲の惨禍を具体的に明らかにすることができましたし、P51については、最初の銃撃をしたグラント大尉の証言や462戦隊の飛行コースを推定するなど最新の調査・研究も盛り込みました。

 

 戦争の惨禍は場所も人も選びません。敗戦のわずか10日前、高尾山の北の静かな山間部を走っていた列車で起きたこの空襲の惨禍を知っていただきたいと思います。